海が目の前


久々に、海が目の前という立地で設計できるかもしれない。

かもしれない、と言うのは、まだ100%、ここを購入すると決められたわけではないからだ。


この敷地は、広大な海!というわけではなくて、

少し入り江になっているので、向こう岸も見える。

見えるのだけど、いい具合に手入れがされてあって、しかもその向こうには公園というか、広場のような場所があり、とにかくいい具合なのだ。


海というのは、メリットばかりではない。

潮風がどうとか、増水がどうのこうのとか、言い出したら色々とありそうだ。

ありそうだけど、まぁ、家を建てることがリスクなので、なんなら生きていることがリスクなので、耐震性能やらメンテナンス性やら、そんなものも妄想に過ぎない。というような気がしないでもない。


何のために家を建てるのか。誰かに踊らされてはいないだろうか。

自分がよく、お客さんに聞くことがある。

『家って、本当に必要ですか?』

今の時代、持ち家を持たずとも生きてゆけるし、そのうち残る実家はどうするのか。

35年ものローンを組んで、その返済の為に仕事を続けるなど、愚策ではないだろうか。


でもまぁ、自分も家を建てたし、マイホームが欲しい気持ちは良く分かる。

分かるけど、本当は必要の無い人が、なんとなく家を購入する選択肢しか見えないのは、ちょっと良くない気もする。


二十歳の頃、1件でも自分が設計した建築が建てられたなら、これほど幸せな事は無いと思っていた。

いつか、いつか、と思いながら、最初に住宅を設計するチャンスを与えてくれたのは、小学校からの親友だった。

その親友が、今はガレージを建てようとして、相談してきてくれている。

案の定、自分は、『止めといたら?』と伝えている。


自分が設計させてもらった建物の数を数えてはいないが、それなりの数にはなってきている。

家を建てた人が100%幸せになれば良いのだが、たかが設計士に、そこまでの力は無い。

悲観的になっても仕方ないが、自信満々というのも危うい気がする。


何らかの縁で設計させて頂く機会に、まっさらで、純粋な気持ちで向かいたいのだ。

ごちゃごちゃ考えない。

こうしてみては?という建築を、すっと差し出すのだ。

全力でお客さんファーストだけど、Yesマンにはならない。


自分は神様ではない。完全に外すことだってある。

だけど、それが上手いことお客さんの琴線に触れたとき、一緒に、とても楽しい時間を過ごすことができるのだ。


今回、若くワクワクしたご夫婦の前に、この海がある。

その場で大体のプランはまとまっている。

あとはそれを形にする作業だ。


毎回少し、『本当に良い住宅ができるだろうか?』という疑問と同時に設計が始まる。

だいたいプランがまとまった頃、『やはり自分は上手いかも。』と天狗になり始める。

そしてまた、『本当にこれで良いのかな?』『いや、良い。』を繰り返す。


最近は、正解などというものを求めなくなった。

お客さんがいて、自分がいて、プランがある。ただそれだけだ。

淡々と、建築を考え続けたいと思っている。

そうやって生きていると、思わずゾクっとする瞬間がある。

例えば今回、この立地を訪れた時のように。


こういう楽しみは、建築を設計する立場の人間に与えられた、特権のようなものなのかもしれない。

正直、働いているのか、遊んでいるのか分からない時がある。

そしてこのドキドキは、間違いなくお客さんにも伝わるのだ。


だから自分は、ここに良い提案をしたいのだ。


 

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